YELLOWがなくなる.....
http://www.cyberjapan.tv/news/2008/481 東京へ出てきた当時、本格的にクラブというものを体験したのがYELLOWでした。
YELLOWは西麻布にあるので、当時そこへ行くには手間があったというのもあり、YELLOWに着いた時は到着の達成感がありました。テクノが全盛期だったその頃は、新宿のリキッドルームもよくイベントが行われていたので、バリバリにテクノ派だった僕はやはりこの二ケ所が一番思い出深かったのですが、今後YELLOWが無くなってしまうとなると本格的に思い出の地が無くなってしまう事になります。リキッドル−ム自体は恵比須に移転して今も存在していますが、やっぱり新宿時代の永遠に続くとも思えるあの階段の記憶があるあの場所じゃないと別のものです。
最初のYELLOW体験は石野卓球のプレイでした。もういまだにあの当時の活気とサウンドが目に耳に焼きつき残ってます。忘れたくても忘れられないほど強烈な空間でした。下のバーの前で、重そうにレコードボックス抱えた卓球氏とすれ違って、初めて見る生の石野卓球に感激したこともありました。フロアで汗まみれになりのどが乾いたの水でも買おうと自販機のエビアン買おうとして「高け〜」って何度も思った事もありました。専門学校時代に何人かで行って、一緒に行った女の子のバッグが無くなったって騒いだ事もありました。財布落としたヤツもいました。雑誌でしか見た事の無い有名なDJをすぐそこに見られて感動したりもしました。そしてループする4つ打ちの曲で初めて涙が出てきたのもここでした。とにかく、レコードやCDを100枚聴くよりも貴重な体験ができた場所だったと思います。
昨年はシスコの店鋪が無くなってしまって、ここにきてまたこういうお知らせを聞くと心底辛いです。目をそらさずに見つめないといけないのは判ってるんだけど、やっぱりもう「昔」の文化になっちゃうんですかねえ。東京のアンダーグラウンドの変化を目の当たりにさせられていますね。
2008年02月02日 わりかし無意識に感じる音楽 トラックバック:0 コメント:0
sony SMS-1P

sonyが昔作っていた小型モニタースピーカー SMS-1P を買いました。久しぶりの衝動買いです。もう10年以上前のスピーカーなのでもちろん中古です。中野のブロードウェイをプラプラしとったらありましたんで、忙しそうな店員さんを捕まえて視聴させてもらったんですが、いきなり爆音でt.A.T.u.をかけられた時にはさすがに恥ずかしくなって耳まで真っ赤になりました。もっと他にCDなかったんですか店員さん!! なぜブロードウェイをプラプラしてたかは禁則事項です。
見つけられたモデルが黒色で良かったです。SMS-1Pには白色のモデルもあるんですが、やっぱりモニタースピーカーは黒くないとですね。安い値段で中古買っときながら言うのもアレですが、左右のボリューム差がかなりあったのはちょっと残念でした。でもアクティブスピーカーは、まあそんなもんなんでしょうね。10年前のものでそのくらいの調整ですむんだったら状態良い方なんかもしれんです。
普段使ってるのがKRKのV4のセカンドモデルなんで、それと比べてお金の無い宅録環境っていう立場からちょっと書きます。それから、このSMS-1Pは売られていた当時、一本18,000円くらいのものだったと思います。横幅が13cmちょっと、高さが20cmちょっとの本当に小型のスピーカーです。
まず最初に言えるんは、発売当時にしても、今にしても、この値段でこのパフォーマンスだったらかなり「買い」なスピーカーだと思います。住宅事情で大きなモニタースピーカーを買えない人には、結構重宝されてた理由も判ります。ちっちゃいけど定位が良いフルレンジのスピーカーは結構聴こえてくれます。でも、だいぶ真ん中が目立つ印象があるのと、低音が気持ち良くは出てくれません。最近の市販の楽曲聴くとそれが目立ちます。でもその分、真ん中から上の音は良く聴こえます。そういうところも定位感に関係してるのかもしれません。V4よりははるかに定位は良かったです。あと、低音は出ないけど前面のバスレフからは空気砲が結構出ます(笑)。
音楽のどこが聴きたいかが判るスピーカーかもしれないです。もちろんリスニング用途ではないんで、作るときにどこを重視して聴いてるかが判る、って言った方が良いのかもしれないです。最近のモニタースピーカーでの作業で、下の方のどっしりとした音に比重があるサウンドを好む作り手にはかなり不安感があるスピーカーかもしれないです。でも宅録で歌モノをやる人は持ってた方が良いタイプのスピーカーかもしれないです。真ん中から上が聴こえやすいスピーカーでしかわからない世界は確かにあります。YAMAHAのNS-10Mが手に入るんだったらそっち方が良いんですが、そういう方向の音のスピーカーでしか体験できない音の世界があるんです。10Mは僕も欲しいです。
あと、コンプレッションしとる感じが良く判るっていうのもありました。最近の楽曲の、ちょっとキツめに潰されてる曲なんか聴くと、そういうのが目立って聴こえる(結構嫌な感じに聴こえる)ので、判断材料の一つになるかなとも思います。V4だと全然目立たなかった部分を見ることができたのは、ちょっとコワイ感じもしました。これまで自分が作った曲をコレで聴くのはちょっと勇気がいります、ホントに...。ただ逆に、市販の楽曲をこのスピーカーで聴きながら、作業中の曲と比べながら、このくらいまではやっても大丈夫っていうラインが見えやすくなったのは一つの収穫でした。
自分の環境では、真ん中から下の低音部分はV4で、真ん中から上の中高音部分はSMS-1Pでという風に使い分けてやることで、以前よりも少しは良い作業環境を作ることができると思います。それは普段10Mで聴く機会がよくあって、自宅のV4に不満な部分があったからです。小さな部屋での宅録は、金銭面や住宅事情など色々な妥協点との戦いなので、不満な部分がある制作環境は、できる範囲で少しでも良くしたいものですね。
2008年01月25日 わりかし無意識に感じる音楽 トラックバック:0 コメント:2
三才ブックス 『同人音楽を聴こう!』 を読んで
俺ヤバイ、ヤバすぎる。この本読んで正直なところ申しますと、なんか知らんかったこと多すぎます。実際に同人音楽やってるのに.....。っていうか俺ら8年もやってるんだ.....、ってこれ読んでハッと気付かされましたよ。何なんでしょうかね、空色絵本って。
半そでTシャツでブラブラ歩いていた頃の去る7月13日の金曜日、そう、13日の金曜日に僕ら空色絵本は三才ブックスのインタビューを受けました。インタビュー前に連絡をもらった時、最初はなんで僕らのところにインタビューなん?ってことだけを思った記憶があります。
昨年、同三才ブックスより出版された『現代視覚文化研究』の1コーナーだった「同人音楽を聴こう!」というコーナーをもっと大きくして一冊の本にするのだと、そういう感じで聞かされていたので、まあ、もはやある程度メインストリームができてしまった同人音楽の中で、こう、なんていうか、宅録でウケない音楽をコソコソ作ってる変なサークルが居るって事で紹介してくれるんだとばかり思っていたら、どうもちょっと違うみたいだぞと。
インタビューでは、それこそ結成の頃から話が始まって、制作や今思ってることなどがいろいろ書かれています。このインタビューにあたって、当時僕は特に前もって何を聞かれても良いように準備とかはしてなかったので、後で話した内容が活字になったのを見て、活字の自分のキャラクターに手首をカミソリで一本いきたくなってしまったりもしましたが、おおむね普段から思っていることを喋ってくれていたようで自分に安心もしました。
なんで空色絵本を載せようと思ったのかは、この本を制作された方々の意見が合ったとかなんとか.....、これはちょっと嬉しかったですね。一度わかりやすくポップなサウンドの路線を捨てた僕らの音も、ちゃんと聴いて判断してくれてる人たちが居てくれたわけですからね。ホントはインタビュー中泣きそうだったんですよ、ああ、わかってくれてたんだーって。インタビューはもっともっとコアな事も話した気もするんですが、大人な編集で活字にしてまとめてくれているところは、もはや魔法ですね。
本の中を読むと、他のインタビュー受けてる方々を見て僕らとの作業場のギャップに反対側の手首も一本いきたくなったりもしました。だって、佐藤のトコ畳だよ、畳!他にそんな人居ないよ?僕の家もフローリングに見えるけど、じつはこれビニールのフェイクだよ。木の板じゃないのよ。さらに、もう一本いきたくなるのは、音楽を作る部屋ってのがみんな生活空間とは別にあって、ボーカル録りはさらに別の部屋で〜みたいに書かれてたりするところです。僕も佐藤も部屋1つのアパートでモニターの前に布団しいて寝てますが.....。この本を読んだこれから音楽を作ってみようと思ってる方々、大丈夫です!音楽作る部屋の中に流し台があっても良いじゃないか!僕の部屋の写真なんか電子ジャーが写ってるよ(笑)。
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2007年10月30日 わりかし無意識に感じる音楽 トラックバック:0 コメント:4
音は重ねるのがいいのか、削っていくのがいいのか…
先週、Harmonic Emotion のぞべさんと飲んでる時の会話の中でちょっと印象的な部分があったので書き残しておきたいと思います。
「僕はけっこう悩んで音を重ねていっちゃうほうなんですよね。」
「あー、僕は逆に悩んだ時は音を削っていくほうですよ。」
どっちがどっちのセリフかはまあ良いとしても、音楽作ってる人はだいたいその制作の中でしっくりこない部分があって悩んだ時はこのどちらかなんじゃないかと思います。
そのむかしジョン・ケージが(たぶんギャグで)やった静寂の音楽4分33秒の音の無い感覚を「0」。メルツバウみたいな音が重なって重なっての轟音、ノイズサウンドを「100」とすると、普通の人が聴きたいと思う楽曲の構成されている音の量や重なり方は、この「0」と「100」の間で存在していると思います。まあ僕らの悩みもたかだかこの間の中で存在しているものなんです。
空色絵本の制作においては、過去に作った「エコー」という曲を転機とすると、以前よりも少ない音数で曲を構成するようになりました。これは、クラブミュージックの影響も強いのですが、自分達が単に音数が少ない曲が好きということではなくて、その曲を構成しているメインの音が何なのかが明確なら音数を減らして構成したほうが良い結果になるという判断ができたからです。(例えば、クラブミュージックの90%はキックとハイハット、ベースの3つで機能していて、その3つがメインでしっかりと作られていないと成立しないということが判っているトラックメーカーとDJによって築き上げられたスタイルです。)
音を重ねていくという考え方ももちろん僕は賛同できます。そういう考え方の曲では、音と音とが重なりあった時にだけ聴こえてくる別のメロディーがあったり、さまざまな質感の変化があったりして面白いからです。シューゲイザーやノイズなどの轟音サウンドの裏側にある面白さはそういうところもあるとと思います。あとよくポップスにおいて音を重ねるとオケがゴチャゴチャして聴きにくいものになると思われがちですが、そんな事気にせずに我が道を突き進んでいるものが面白いですね。
自分のスタイルは音を削っていく方向だけれど、結局は個性的かどうかが重要なんじゃないかとこの会話をした後に改めて感じました。あり得ないバランスでミックスされていてもなんでも、人のものまねに制作意義を感じる人間でない限り、何かしら自分で良いとか面白いと思ったものを、自分の感覚で作り上げることが大切で、音を重ねるとか削るとかはたかだか「50」付近の行ったり来たりなんだから、好きな方向を自分で向いていれば良いのかなと思います。無音の巨匠や、伝説の轟音アーティストなんてまだまだ程遠いですからね…。
2007年10月26日 わりかし無意識に感じる音楽 トラックバック:0 コメント:0
circuit bendingは音楽のツール?
はっきりいってカオスですが、面白いループは採れそうなのでいま興味がある分野の一つです。ちょっと前までMAX/MSPのようなPC内で回路を構築してうんぬんかんぬんっていうソフトが流行ったけど、今みるとcircuit bendingはそれを現実にやってるようなもんです。いや、現実にこういう行為があったからMAX/MSPのようなソフトの発想があったのかな.....。
circuit bending とは電子楽器や電子音の出るオモチャを工学的に改造して、偶発的なバグやメチャクチャな音を出すような行為の事らしいです(音だけではなく映像でこれをやっている人も多いみたいです)。世界中に愛好家がいて、このcircuit bendingという行為の提唱者はこれをアートだとも言っているそうです。楽器として販売されているものよりも、オモチャの枠で販売されたものを改造した物から音楽的なサウンドが聴こえてきたらそれほどエキサイティングな事はないなと僕はおもうのですが、その場合音楽的なサウンドの解釈が人によってかなり差が出る難しいところになりそうですけどね。
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2007年06月27日 わりかし無意識に感じる音楽 トラックバック:0 コメント:4
たまには生演奏を

六本木の交差点の近くに
nochero というラテン音楽のライブハウスがあります。ここで、我が師匠と勝手に呼ばせていただいております恩師沢村満さんが出演されており、久し振りのライブをやるという事だったので遊びに行かせて頂きました。
この日4/25のライブでは5人編成のバンドで出演されていて、もうひとりの我師匠平田健一さんや、後輩にあたる後藤裕介君もこのバンドに参加されており、良く知る方々がどんな音楽を奏でてくれるのかとても楽しみでライブハウスへ向かいました。
六本木という街の、なんていうか、こう、ギラギラした雰囲気が死ぬほど体質に合わないので、出来る限り道の端っこをコソコソ歩きながらnocheroに着くと、既にたくさんの人が集まっており、ライブ前の空気が良い感じで暖まっていてとても良い雰囲気でした。
編成は AGtr.松田哲明 EGtr.平田健一 EBass.大越隆 Dr.後藤裕介 Sax.沢村満 という5人バンドで、沢村満さんのオリジナル曲を4曲づつ3ステージ聴かせて下さいました。ここのところ連日連夜、機械の音ばかりを聴いて作業をしていたので、人の手が弦を弾き、スティックで太鼓を叩き、そして吐く息が管を共鳴させて出てくる「生」の音がとても心地よく、その揺らぐ感覚にたやすく同調させられてしまったのです。特に1stステージの3曲目にやった曲、なんていう曲名だったかな、気持ちの良い疾走感と共に駆け抜けるような曲が、この時の僕の隙間だらけだった耳に一番響いてきました。
沢村満さんはこのバンドを「Bad Boys」だと、そしてこのサウンドを「Badなサウンド」だと終始表現していましたが、ロックギターやレゲエまでもを吸収したただのフュージョンではない濃密なサウンドでした。たくさんの音楽が体の中に流れているカッコイイ大人の、良い意味で「悪い≒遊び心のある」バンドサウンドという事だったんですね。また聴きに行かねばと思います。
2007年04月28日 わりかし無意識に感じる音楽 トラックバック:0 コメント:0
ありがとうDJ KLOCK!!
まだ信じられてなくて、泣く事すら出来てない状態ですが、DJ KLOCKの訃報を聞いてから数日が経ちました。
最初彼の音楽の存在を知ったのは、cacoyというユニットを知人より教えてもらったところからでした。そのcacoyの12インチ盤『don't disturb old buildings ep』で「Piracle Pa」というトラックを聴いた時の感覚が今でも忘れられません。このトラックがDJ KLOCKという人の奏でるサウンドにハマってしまう決定的なきっかけになりました。
トラックメーカーとしてのDJ KLOCKを最初に意識し始めた訳なんですが、僕が「Piracle Pa」を聴いてまもなく『timing incorrect』というミックスCDがリリースされました。このアルバムもすごかった。ものすごい素晴らしかった。ターンテーブリストとしての飛び回るような自由度の高いサウンドに、既存の曲であろうがオリジナルの曲であろうが、何をかけても彼のサウンド、彼の世界に持っていける感覚に影響受けまくりでした。
そういえば昔リキッドルームが新宿にあった頃、2000年の話だったかな、ジェフミルズが来た時に一緒に出ていたDJがKENSEIとKLOCKだったことを思い出した。テクノ漬けバリバリでジェフミルズの高速ミニマルを期待して行った当時の僕にとって、KENSEIやKLOCKのHIP HOPアプローチなアブストラクトの世界観はまだかなり早く、よくわかってなかったということを思い出しました。
以来僕の音楽性の中の一部には必ずDJ KLOCKがいて、ここまでやっても音楽、こんなアプローチも音楽、というような「幅」を常に確認できるよりどころであったことは間違いありません。一番意識していた頃の2年前に、伊豆で行われたメタモルフォーゼにおいて彼のロングミックスを聴いたのも良い思い出です。このイベントでのみ販売されていたミックスCDも愛聴盤です。
Op.discという田中フミヤさんと半野喜弘さんのレーベルからリリースされたCompositionist名義での流れを受け、筑波の小さなクラブで行われたイベントへ昨年遊びに行った時には、別の新たな衝撃がありました。それまでのDJ KLOCKのDJスタイルから飛躍して、4つ打ちクリックサウンドをメインとしたDJスタイルは、一般的なテクノからクリックへというDJの流れとはまた違った見方を持ったクリックサウンドだったからです。あの日の深夜3時の高揚感は今でも忘れられません。
この日の筑波でのイベントで初めてお話をさせてもらう機会があって、今後の予定としてバンドをやろうと思ってるんですよ、という事をおっしゃっていたことを今思い出しました。このバンドサウンドがどんなサウンドになっていったのか、今想像するとワクワクしますが、それも叶わないものになってしまったんですね。この時ずうずうしくもサインをもらったもの良い思い出となってしまいました。
これからはDJ KLOCKから受け取ったサウンド、彼の残してくれたサウンドを自分なりに消化し伝えていきたいと思っています。そして勝手ながらそれは、彼のサウンドを好きになった自分の使命だと思い込んでいます。ホントに勝手に細々と思っております。
DJ KLOCK安らかに、そしてありがとう!!
2007年04月27日 わりかし無意識に感じる音楽 トラックバック:0 コメント:1